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宮部みゆき『理由』

理由

涼しくなってきましたねぇ。ふうこもやっと避暑地から戻って参りました。

さて、今日の読書は、東京は北千住で発生した一家4人殺害事件をルポタージュ形式でつづった「小説」です。アサマシリンクは朝日文庫版。氏の直木賞受賞作、ということでその筋からの批評も出揃っているでしょうからあまり迂闊なことも言えませんが(笑)、まぁあくまで「ばけつ」的感想を。

まず、月並みですがルポタージュ形式の文体は結構楽しめました。事件のルポというと大抵「マスコミ等を通じて概要を理解している読者」が想定された地の文と関係者の談話で構成されるわけですが、本作の場合は事件自体が架空なので、読者にとってあるべきはずの「前提」はそのまま「謎」にすり替わっていきます。これがなかなか面白い。「謎」が提示される過程、真相が明らかになるタイミングもさすが稀代のストーリーテラー、宮部みゆきの面目躍如です。

もうひとつ、ちょっと恐ろしかったのは、「解りあえない不幸」とでもいうのか、ささいな価値観の違いから始まる諍いや疑心暗鬼の連鎖が4人もの殺害という不幸を生み出す過程が浮き彫りになっているところでした。

息子の進路に反対する親、親の勧める進路に納得のいかない子供。娘の交際相手を心配する親、理解されないからと誰にも相談しない娘。世の中に掃いて捨てるほどあるシチュエーション。ただ心配なだけ、ただ幸せになってほしいだけ、ただ生きていくことに懸命なだけなのに、その思いは他人に、家族に、恋人に解ってもらえない。私の考える幸福、決して贅沢ではない、ささやかな幸せさえも理解されない。どうして何が悪い俺は悪くない私はただ…この不幸が自分の望みの代償だというのか? 昼下がりに茶を飲みながら、互いに眉をひそめて理解できない身内のことを話しあう家族、そんなごく世俗的な光景の向こうに横たわる不幸が透けて見える。うすら寒い情景です。

さて、ふうこには珍しく大絶賛の本作、ひとつだけ難点を言うとすれば、事件の犯人の普通の人としての不幸の描写が薄いことでしょうか。彼の人からは談話がとれていないし、何故か関係者の証言も期待される犯人像のステレオタイプの域を出ない。物語上出られないことになってるからある意味仕方がないのだけど、そんな物理的な限界で物足りないとこまでルポタージュ的なのはどうだろう(笑)